ベトナム見聞記 Part2
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ベトナム見聞記−6 今回の目的は(1)?・・・

今までの掲載を読んでいると、観光目的でベトナムを訪れたように思われるだろう。しかし、今回の目的は違っていた。そもそもベトナムに行くきっかけとなったのは、ベトナムが国家プロジェクトとして、IT(情報技術)化を進めている事を耳にしたからである。


ベトナムは日本などのODA(政府開発援助)によって、開発を進めている。たまたま、知人がこれに拘わっていた。すでにハノイ郊外に、ホアラックハイテクパークとして敷地が確保され、管理棟はすでに完成している。今後はIT関連の研究所や企業、さらには大学なども誘致される予定だという。


日本のODAは建物を造ったり、道路や橋を建設したりするいわゆる箱ものの援助が多い。ところが、インフラを整備した後の管理・運営を行う「人の育成」については、割と無頓着な気がする。これは私だけが感じていることなのだろうか?


そこで、インフラが整った後は、技術者が必要になってくるのではないかと、ベトナムの人に提案したのである。特に、私たちが得意としている映像クリエイターの人材育成を提案した。箱ものだけの建設に終始するのではなく、教育に重点をおいた人材育成も必要なのではないかと説いたのである。つまり、「米百俵の精神」である。これこそがベトナムの将来の発展につながると考えたからである。


すでに、この映像クリエイター育成のためのスクールについての概要は、ベトナムの人たちにはメールで送っていた。そして、その内容については多くの人に興味をもって迎えられていた。内容は、3DCGデザイナー、デジタル映像編集、デジタル映像合成などのクリエイター育成を柱にしたものである。


ところが、私自身ベトナムには一度も行ったことがなかったので、その国民性、国情、生活、文化について何の知識もなかった。そこで、今後ベトナムの地においてこうしたスクールを展開するためには、一度は訪れておく必要があると感じたからである。決して観光のためにベトナムを訪れたのではなかったのだが......


v6_1 ホアラックの見取り図


v6_2 ホアラック全景の模型


v6_3 ホアラックの管理棟


v6_4 広大な敷地を一望



*
IT人材およびホアラックハイテクパーク開発計画に係わるF/S調査報告書要約 三井物産

*ホアラック= 和楽= Hoa Lac

◆ベトナム見聞記−7 今回の目的は(2)?・・・

ベトナムはITに関しては、インフラ整備の着手にやっと緒がついたという感じである。インターネットについても、その普及率はまだまだ低く、接続できるところでも電話回線での接続が殆どである。私たちの宿泊したホテルでもインターネットはつながらなかったため、ネットサーフィンやメールの送受信ができなかった。そのため、大変不便な思いをしたのを覚えている。


考えてみればベトナムは社会主義の国である。何かの本で読んだのだが、インターネットの接続については、社会主義のベトナムでは国家が規制しているという報告もあった。しかし、同じ社会主義の中国では、結構インターネットは盛んであるらしいので、ベトナムでも普及するのは時間の問題だと思う。


ところで、ベトナムは1986年に「ドイモイ政策」が採用され、改革・開放政策である。その大きな柱は市場経済の開放である。この「ドイモイ政策」については、順調だと言う人と順調でないと言う人とに分かれている。しかし、最近の経済成長率(GDP)は年7%台で確実に伸びているといえる。


話を戻すと、前回に掲載したホアラックを見学した後、ホアラックに勤務している人が、ベトナム国営放送(VTV)の広告代理店をしているVTAdを紹介するとのことで、そちらに直行した。


VTAdの社屋に到着し、一室に案内されると、挨拶・名刺交換をした後、クリエイター人材育成のスクールについての説明を始めた。ところが、先方はベトナム語で説明してくれるようにとの要望だったので、さあ大変である。とりあえず、私の知人が英語で説明し、ホアラックの人がベトナム語で通訳するといった、まわりくどい打合せとなった。おまけに私は日本語しか話せないため、時々日本語がまざったりして、長時間のプレゼンとなってしまった。


村山首相時代にVTV関係でODAが決まっており、すでに放送局の建設に着手しているとのことであった。また、放送機材も見積をとっているので、もう少しで発注業者を決定するとのことである。私たちに対しては、スクールの特徴をもう少し詳しく知りたいとの要望があったので、日本に帰って検討した後、連絡するということで、話し合いを終了した。


果たしてベトナムデジタルシネマスクールを実現できるのか? 今回ベトナムに来た目的は達成できるのか?.....


v7_1 TVAdの社屋


v7_2 建築中の新しい放送局


v7_3 ミーティングの後の記念撮影

◆ベトナム見聞記−8 気がついたこと(1)・・・・

ベトナムはS字状に南北に細長く延びた国である。日本の面積の約90%に相当するらしい。地形も面積も日本に似ている。人口は約8,000万人で、ベトナムの最大の都市はホーチミン市(旧サイゴン市)で、人口約510万〜530万人、次がハノイ市で約300万人である。ホーチミン市は商業都市であり、ハノイ市は政治と文化の都市と言われている。100万人を超える都市はこれぐらいで、あとは30万人前後の都市が多い。その他は農村地帯であり、農業人口が9割近くを占めているらしい。


ベトナムについては、私たちの若い頃、つまり高校生から大学生にかけてベトナム戦争として、新聞やTVニュースなどで知らされていた。また、当時は政治の季節といわれ、日本全国いや世界的に「若者の反乱」が席巻していた。日本でもベトナム反戦運動が活発で、若者を中心にして、この闘いは大いに盛り上がっていた。


このベトナム戦争も1975年には終息する。あの巨大な国アメリカに対して、小国ベトナムが勝ったのである。私は現時点では戦争でアメリカに勝った唯一の国がベトナムだと思っている。そして、当時はこのベトナムがなぜアメリカに勝てたのか不思議に思っていたし、この国に関心をもったのを憶えている。


ところで、日本でベトナム反戦運動の中心だった若者は、「団塊の世代」あるいは「全共闘の世代」といわれ、今では50代中盤から後半の年代に達している。この世代の人々は日本経済の高度成長の牽引力となり、最後には「バブル経済」の崩壊をもたらせたとも言われている。


ベトナムでは、日本で言う「団塊の世代」は、20代中半から後半に相当するらしい。というのは、ベトナム戦争終結後に生まれた人々が多いからである。つまり、1976年から1980年にかけての出生率が高いのである。


ベトナムの市場開放政策である「ドイモイ政策」は、最近になって軌道にのってきたとのことである。とすると、ベトナムでの「団塊の世代」が「ドイモイ政策」の牽引力になって来たのかも知れない。ただ、これらの世代の人々が、日本と同じ過ちを踏んでは欲しくない。いずれにしても、これから30年間がベトナムの経済発展の正念場となるのだろう。


V8_1   ハノイの高級住宅か?


v8_2   若い2人乗りのバイク


V8_3   まだ自転車も重要な交通手段

◆ベトナム見聞記−9 気がついたこと(2)・・・・

ハノイ市内を歩いていると、若い人を多く見かける。特に、若い男女のカップルは目を引く。バイクに乗っている人、路地や大通りにたむろしている人の多くが20歳代である。ベトナムに来て、なぜこんなに若い人が多いのかと疑問に思っていたのだが、前回に記載した年齢構成を聞いて納得できた。今、ベトナムでは「団塊の世代」が20歳代だからである。


ベトナムの人達は、細身の人が多い。骨格も細く、身長も日本人よりやや低いぐらいである。顔立ちも日本人に似ている人が多い。ただ、ベトナムはすでに述べたように、S字状の南北に長い国である。そのため、ハノイなどの北部系の人々とホーチミンなどの南部系の人々とは、顔立ちが違うらしい。私はハノイしか訪れていないので、その辺のことは分からない。


このように日本人とベトナム人と体型的には、大差ないように感じたのだが、私だけの感じ方なのだろうか?


それにしても、ベトナムは蒸し暑かった。訪れたのは、6月1日から6月4日(成田には6/5早朝到着)だったが、日本で体験する8月のあの「むしむしした暑さ」にそっくりであった。この時期は雨期に相当するらしい。ベトナムを訪れるには、乾期にあたる12月から3月の間が、最も良いとのことである。


この蒸し暑い中、ベトナムの若い女性の中には、長袖の服を着たり、バイクに乗る時は、顔一面にマスクをするか、タオルで覆っている人を見かけることが多い。最初は、排気ガスを避けるために顔を覆っているのかと思っていたが、よく聞いてみると日焼けを避けているためらしい。どこの国でも、女性は自分の美容には努力を惜しまないのだろう。


v9_1   役所か住宅か?


v9_2   昔の日本でもこんな風景が!



v9_3   顔を覆う若い女性

◆ベトナム見聞記−10 気がついたこと(3)・・・・

ベトナムを訪れていた間、食事はホアラックハイテクパークの人やベトナム政府の人と殆ど一緒にした。色々なところに連れて行かれたが、どこもハノイでは高級な部類に入る店らしい。


ベトナムの料理は、チキンと野菜が主である。また、先述したフォーが必ず出てくる。野菜は豊富にあり、かなり安いらしい。味付けは意外とさっぱりしていて、韓国料理のような辛さはなく、また、中国料理のようなしつこさもない。日本人の嗜好にあっているような気がする。

*フォー 【画像】


食べる時は、ナイフやフォークではない。だからといって、手づかみでもない。箸を中心に使って食べる。もちろん、ベトナムでも西洋料理が多く入ってきているので、その場合は、ナイフやフォークを使う。いずれにしても、ベトナムは「箸を使う食文化」に属していることに間違いはない。


ところで、箸を使うのは日本、朝鮮半島、中国、ベトナムと限られた地域である。世界的にみると、珍しい文化でもある。この箸は、中国から各地域に伝播していったのか、あるいは、逆なのか、私には分からない。いずれにしても日本には、どこかから入ってきたのだろう。


体型や食文化をみたりすると、日本人のルーツの一部にベトナムも含まれているのかも知れないと思った。柳田国男のいう「海上の道」を通じて、遠い昔から日本とベトナムはつながっていたような気がする。


ともあれ、箸を使う民族をみていくと、手先の器用な民族が多い。現代でもIT機器をつくる場合、細かい作業が必要とされる。そのため、このような作業を伴う「物づくり」には、これらの国々が欧米を凌駕しているほどである。また、ベトナムでは、陶器や刺繍などの工芸品が盛んにつくられているが、刺繍などを見てみるとなかなか見事なできばえである。アオザイを売っている店に行くと、あっという間に仕立ててしまう。このように、手先が器用な人が多いのだろう。


箸を使う民族である中国、韓国、台湾、日本などを見ていくと、いずれもアジアでは驚異的な経済発展を遂げた国である。とすれば、今後ベトナムも同様に経済成長を遂げる可能性は高いと言えるだろう。しかも、ベトナムの人は、勤勉なことでも有名であるので、なおさらである。


v10_1  バイク販売店


v10_2  ベトナムの人と共に


v10_3  食後の一時




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